おやつの語源は「八つ時」|江戸の不定時法が生んだ日本語の秘密

江戸の時間|日本橋と富士山を望む夕暮れと、不定時法を刻む和時計のイメージ 江戸の時間
日本橋から富士を望む江戸の夕景。不定時法と和時計の世界をあらわすイメージ画像です。
🍡 おやつの語源は「八つ時」
江戸の時間が生んだ日本語
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「3時のおやつ」は日本人にとってなじみ深い習慣です。しかし、なぜ間食のことを「おやつ」と呼ぶのか、その語源をご存じでしょうか。実はこの言葉、江戸時代の不定時法における時刻の呼び名「八つ時(やつどき)」に由来しています。

おやつの語源は「八つ時」にあり

江戸時代の日本では、1日を十二支に対応させた12の刻で区切っていました。それぞれの刻には数字の呼び名もあり、九つから始まって八つ、七つ、六つ、五つ、四つと下がり、また九つに戻るという独特の数え方をしていました。

この中で「八つ時」にあたるのが、現代のおよそ午後2時から4時ごろの時間帯です。十二支では「未の刻(ひつじのこく)」にあたります。この時間に食べる軽い食事を「お八つ」と呼んだことが、おやつの語源です。

なぜ八つ時に間食をとったのか

江戸時代の前期まで、日本人の食事は朝と夕の1日2食が基本でした。江戸の人々の一日明け六つ(日の出ごろ)に始まり、暮れ六つ(日没ごろ)に終わります。朝食と夕食の間は8時間以上も空くため、昼過ぎには当然お腹が空きます。

特に農作業や力仕事をする人々にとって、この空腹は深刻でした。そこで八つ時に「中食(ちゅうじき)」や「小昼(こびる)」と呼ばれる軽食をとる習慣が生まれました。団子、煎餅、餅、芋など、手軽に食べられるものが好まれたといいます。

「3時のおやつ」になったわけ

元禄時代(1688〜1704年)には1日3食が一般化しましたが、八つ時に間食をとる習慣はそのまま残りました。このころから「おやつ」という言葉が文献にも登場するようになります。

明治6年(1873年)の改暦で不定時法が廃止され、24時間制の定時法に切り替わると、「八つ時」という呼び方は日常から消えていきました。しかし「おやつ」という言葉だけは生き残り、八つ時がだいたい午後3時前後にあたることから、「3時のおやつ」として現代に定着したのです。

おやつの語源が教えてくれること

興味深いのは、不定時法では季節によって一刻の長さが変わるため、八つ時の実際の時刻も日によって少しずつ変動していたという点です。夏の八つ時は現代の午後2時半ごろですが、冬は午後2時ごろになります。つまり「おやつの時間」は、もともと固定ではなく、太陽の動きとともに毎日ゆるやかに変わるものだったのです。

これは、体内時計と自然のリズムに寄り添った暮らし方そのものです。現代の「3時のおやつ」が時計の数字で決まるのに対し、江戸の「お八つ」は太陽が教えてくれる自然な休息のタイミングでした。

「四六時中」も不定時法が語源

おやつだけではありません。「四六時中(しろくじちゅう)」という表現も、不定時法に由来しています。不定時法の一刻は昼6つ+夜6つの12刻。四×六=二十四で、「24時間ずっと」を意味します。もとは「二六時中(にろくじちゅう)」(2×6=12刻)でしたが、定時法の24時間制に合わせて「四六時中」に変化しました。

何気なく使っている日本語の中に、不定時法の痕跡はまだ息づいています。

今の「八つ時」を体験してみよう

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